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生涯美術論(Ⅲ) (大学美術教育学会)

生涯美術論(Ⅲ)

――美術教育とアートマネジメント――

The Theory of Art Education on lifelong learning (Ⅲ)
――Art Education  and Arts  Management――


高岡第一高等学校   松尾 豊

 

Ⅰ:背景・目的

 アートマネジメントあるいはアーツマネジメントという言葉は、奇しくもパブリックアートという用語の移入時期でもある80年代後半にその意味と同時に制度の理念が日本に移入された。以降、1990年には社団法人「企業メセナ協議会」の設立、並行して同年に「芸術文化振興基金」も創設された1)。又、1991年には慶応義塾大学に日本最初のアートマネジメント講座が立ち上がり、10年後の2001年には全国に30程度の関連講座が開講されたと言われる。
 80年代後半から90年代にかけては、バブル経済の隆盛・頂点・下降への移行時期であり、地方都市ではアートマネジメントや生涯美術なる言葉は浸透あるいは存在もせず、野外彫刻展や彫刻シンポジウムが隆盛を極めていた。その企画の一環として「林間彫刻教室」「環境造形教育」「地域文化の創造」等が企図され、その地域の小・中・高校生が借り出され、美術教師達はアートマネジャーというより美術教育者としてそれまでの学校教育とは少し趣を異にした校外美術2)としてのアートシーンの創造を余儀なくされた現実もあったのではなかろうか。例えば、富山県では、1989年の「第3回黒部野外彫刻展」への黒部市立前沢小学校・桜井中学校・高志野中学校・県立桜井高校の作品参加や1991年の「いなみ国際木彫刻キャンプ」への井波中学校生等の事業への協力があった。更に最近では、新指導要領による「総合的な学習」も加わり、幼少の頃からの一生涯を見据えた総合的な美術教育の模索も増えたにも拘らず、美術系を主にした総合学習の時間でさえアートマネジメントとは言わないのが通常である。
 本稿は、美術教育と地域社会との上記のような背景を認識しながらも、「地方の時代」「文化の時代」「生涯学習時代」「彫刻のある街づくり」「パブリックアート」等のキーワードと呼応してきた美術教師が、児童・生徒又は一般市民との取組みの中でもアートマネジメント的関り自体にスポットを当てることを第一の目的とするものである。第二に、人間が一生涯に渡りアートと関りあうための方法や方向性の視点から美術教育とアートマネジメントとの関係、あるいはアートマネジメントそのものの意味を問い直すことを目的とする。従って、具体的には、高岡市パブリックアートまちづくり市民会議での筆者を主とした児童・生徒及び一般市民との関りの活動報告、平成16年度高岡第一高校1年生普通総合コースの総合学習から学校祭までの生徒及び他教師と筆者の関りの実践報告、そして最後に、二つの取組みから見た美術教師とアートマネジメントの相関からアートマネジメント論への私見を加えるものである。

Ⅱ:高岡市パブリックアートまちづくり市民会議への美術教師・研究者としての取組みへつづく



Ⅰ:背景・目的
Ⅱ:高岡市パブリックアートまちづくり市民会議への美術教師・研究者としての取組み
 1.ワークショップ「マップで楽しむパブリックアート」への関り
 2.「パブリックアートまちづくりフォーラム・in・たかおか」への関り
 3.<鎮守の杜のアルチザン>制作補助への関り
 4.講演「パブリックアートってなんやねん」への関り
Ⅲ:総合学習から学校祭へ(高岡第一高校1年生の取組み)
 1.経過と実施概要
 2.高校教師・総合ディレクターとしての実践的取組み
  (1) 講義の講師としての関り
  (2) 大角勲氏への講演依頼者としての関り
  (3) 分班と写真・スケッチ大会企画者としての関り
  (4) 橘高岡市長訪問者としての関り
  (5) 作家・職人・学芸員への引率者としての関り
  (6) 老子製作所・地場産業センターへの関り
  (7) 展示構想と展示そのものへの関り
  (8) 美術教師=総合ディレクターしての関り
Ⅳ:美術教育とアートマネジメント
Ⅴ:注及び参考文献

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