パブリックアートと美術教育
Pubulic Art and Art Education
高岡第一高等学校 松尾 豊
I.はじめに(動機・目的)
4年程前に聞いた「パブリックアート」という言葉が、定着してきた感がある。神戸市内で伝聞したその言葉を頼りに、パブリックアート・フォーラム会員として活動しだした1995(H7)年は、まだ少数の美術関係者や自治体関係者の間にしか使われていなかったように思える。最近では、美術教師のほとんどどが知っている言葉である。しかし、日本のパブリックアートは、その概念も不明で単なる野外彫刻やオブジェと同義に考える向きもある。議論もないまま各人が自由に発信しているのが現状である。
一方で筆者は、パブリックアート用語が日本に公的に移入される前から、野外彫刻の調査研究に踏み出してきた。1986(S61)年より新潟県内の野外彫刻調査を開始した筆者は、87年9月出版の『新潟 街角の芸術』のあとがきにこの分野の課題として、生涯教育的側面の実践や地域文化への提言を謳い(注1)、すでに啓蒙普及活動の必要性に触れてきた。又、91(H3)年11月の三重県津市で開催の第30回大学美術教育学会の研究発表では、野外彫刻と地域文化・学校美術・生涯学習の融合として「生涯美術」という言葉を造語したことも記憶に新しい(注2)。
本稿は、上記の現状や構想を整理すべくパブリックアート研究と美術教育研究を二本の柱とすることにした。具体的には、パブリックアート研究の動向と高岡第一高校でのパブリックアート関連の授業実践報告、そして、パブリックアートと美術教育に関する方向性の提言を目的とする。
II.パブリックアート研究の動向へつづく
I.はじめに(動機・目的)
II.パブリックアート研究の動向
III.学校美術としての実践報告
IV.パブリックアートと美術教育の方向性
V.おわりに(生涯美術論のすすめ)
<注及び引用文献>