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高岡における"彫刻のある街づくり"(大学美術教育学会)

高岡における「彫刻のある街づくり」
"TOWN PLANNING WITH SCULPTURES" in TAKAOKA
高岡第一高等学校 松尾 豊



I.高岡銅器概略

 高岡市は人口177,258人(1990年7月現在)の富山県第二の都市である。富山県内では、戦後急成長したアルミ産業と全国の90%以上のシェアを誇る銅器産業が地場産業として定着し、高岡市のみならず富山県内の経済を支えている。

 高岡の歴史は、381年前(1609(慶長14)年)に、加賀藩二代目藩主前田利長が高岡に入城したときから始まる。新しい町づくりのため、我国鋳物発祥地とされる河内丹南鋳物の流れを汲む7人の鋳物師を招き、現在の金屋町に鋳造工場を開設したのが開町の始まりである。高岡銅器は、以来脈々とその技術を受けつぎ、1880(明治13)年に日本最古の人物屋外銅像<日本武尊像>を金沢兼六園に残し、分業体制などを確立し、1975年には伝統的工芸産業の振興に関する法律で、国の伝統的工芸品の指定を受け現在に至っている。

 下表は、銅・鉄器事業所数と従事者数である。

高岡市商工労働部1990年調べ
 業 種  事業所数(社) 従事者数(人)
鋳 物 152 1,597
熔 接 11 22
研 磨 50 91
彫 金 45 100
着 色 74 386
仕 上 18 46
問 屋 127 1,494
477 3,736

 上記のことから、鋳物師と問屋の従事者の多さが目を引く。又、調査困難な鋳物原型師や彫刻家やデザイナーが相当数存在する。市内の原型師は、日展や二紀展に入選する人もいる。更に、問屋の店頭には、芸術院会員などの著名彫刻家作品が並ぶことも珍しくない。

II.野外彫刻設置の変遷と街づくりへつづく



I.高岡銅器概略
II.野外彫刻設置の変遷と街づくり
III.問題点と課題

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