Top >  07.新聞発表の小論文 >  大地の芸術 住民と「協働」(北日本新聞)

大地の芸術 住民と「協働」(北日本新聞)

大地の芸術祭と地域の再生

 越後妻有地域(新潟県十日町広域六市町村)は、人口七万九千人、面積七六三平方㎞という全国的にも有名な過疎地である。高齢者が全人口の四分の一以上で冬期間は、四m近い豪雪になることでも知られている。

 その越後妻有郷に二〇〇〇年に次ぐ二回目の企画として、越後妻有アートトリエンナーレ二〇〇三が開催されている。三年に一度のいわゆる「大地の芸術祭」である。今、アートプロジェクトとしても、中山間地における地域再生事業としても世界的な注目を集めているが、私の故郷の興味ある企画としての関心から、鑑賞と取材の旅をした。

 一回目と二回目の違いを感じたのは、何よりも参加者の多さであった。夫婦や子供づれはもとより若いカップルが目立ったのも今回の特徴である。バスやホテルの人数でも顕著であった。又、この地の半数近くの人口を有する十日町市の取組が激変していた。市役所職員の休日出勤の奮闘や住民が新着したTシャツ姿でのお茶だしボランティアは、前回では見かけなかった光景である。この三年間での地元住民の市民参加意識の深化が伝わってきた。更に、バスやタクシーや自転車等の交通手段の利便性の向上も顕著であった。主要駅からバスやタクシーを乗り合いで重要作品が見られる外、商店街や路地裏回りに無料レンタサイクルが用意されていたのは嬉しい限りであった。

 さて、なんといっても芸術祭の喜びは、優れた作品に出会うことであるが、二つのアートシーンに心を揺らした。一つは、中里村のフィンランドのグループ作品である。川沿いの公園をコールテン鋼の壁で造形し、禅と遊びの空間を創出していた。作品〈ポスト・インダストリアル・メディテーション〉は、彫刻を専攻した私をそのスケールと鉄の構築性による造形力で圧倒し、その空間の中で和みを与えてくれた。二つ目の感動的出会いは、旅の最終日の小雨の中での対面だった。川西町の新田和成の〈ホワイトプロジェクト〉とたほりつこによる〈グリーンヴィラ〉の複合的風景が脳裏を占領している。〈光の館〉からの下り坂道の眼下に広がる約八千枚の布の棚引きが白い波のようにうねる様と、その左隣にたほが再現した棚田のような緑の傾斜地上の人間の舞いが、異様な程に感動的であった。二つの作品を見下ろせるアングルからは、シャーマンと古代農民の豊穣への祈りと白い布に縫い込んだ平和や幸福への現代的祈りが重層し、小雨が霞架かるような映像的なシーンとして極めて美しかった。

 今回の鑑賞と取材の旅は、二度に渡るものであったが、アートや人間や地域の有様を問い直す旅でもあった。地元の批判的嵐の中で開催の第一回目とは違い、二回目の大地の芸術祭は、アートを切り口にしながらも、この地域の再生に確かな方向性を刻み込んだように思えた。孤独で忍耐強い越後人の三年間の変化を感じた。それは、コミニュウケーションを通じての情報や認識の「共有」と作家と作品制作で試みた「協働」の中で培われた生きるための極めて人間的で原初的な営みを取り戻そうとした変化である。

 美術評論家の中原佑介さんは「芸術は、出来上がったものを見に行くものという常識を打ち破り、専門家と素人の垣根を壊している」と指摘し、その成果が世界的に注目されていると言う。この越後妻有郷の現象は、地元民にとっては、来訪者への人間賛歌であり、この地に残されたものたちの切実な叫びであるが故に「協働」作品が素人以上の感動を呼ぶのであろう。前回作品のJ・タレルの〈光の館〉は、今では結婚式場にもなり、マリーナ・アブラモビッチの〈夢の家〉は熱心なファンの宿泊の世話を地元民が引き受けている。今回の古郡弘の〈盆景―Ⅱ〉も十日町市下条の小中学生から七〇代のお年寄りまで延べ六〇〇人が制作に「協働」しているという。つまり、作品への「協働」とは、作家と記憶を共有する営みであり、作品が記憶の蘇生装置になることで人々の思いが増幅し、作品が置かれた物としてより文化として伝え残されてゆくことを意味するのでなかろうか。

 越後妻有郷は、信濃川と日本一の河岸段丘、ブナ林と縄文文化、秋山郷と清津峡等美しい自然と古代文化を包摂してきた。その自然や文化と共生することを前提に、心に優しくも時にはダイナミックな生命力を呼び覚ますアートの力でこそ長期的実践的な世界的実験を成功させて欲しい。今、そのための極めて日常的で生涯学習的な営みが、文化の蓄積としての本質的な提案として待たれているような気がした。つまり、三年に一回のお祭りから総合的文化創造事業のような方向性を示す時期にきていると思えたのである。

(パブリックアート研究家・高岡第一高校教諭・松尾豊)

 

 <  前の記事 表紙  |  トップページ  |  次の記事 地域再生と芸術支援活動のはざま(北日本新聞)  >